年々増加傾向にある日本人の鶏肉消費量。
その中でも地鶏への注目度は高く、比例して会津地鶏も消費量アップに。
しかし、ブロイラーの2〜3倍の飼育期間をかけたり手間ひまは数倍に。
それでも会津地鶏を育て続ける関係者の志を取材しました。

会津地鶏、育ての親。
日本のトップを目指す為に。

会津養鶏協会 会長

武田 瑞也 さん (82)

会津地鶏の業界では知らない人はいない武田さん。
そもそも絶滅の危機だった会津地鶏を会津地方の中から探し求め、昭和62年に「会津地鶏は会津固有の種」と確認されるきっかけを作った方です。
「もともと鶏が好きでいろいろ飼っていたんです。昭和60年頃に地鶏ブームが起き、会津で昔見た鶏を最近見ないな、と思って知り合いなどに聞いてまわりました。」と当時を振り返る武田さん。
現在、会津地鶏の「純系」は県で保護され、肉用種の「会津地鶏」を養鶏する素を作っています。

その後、平成17年12月に「会津養鶏協会」が発足すると武田さんは会長職に就任。
「テレビに出るために地鶏をスタジオに連れて行ったり・・会津地鶏を知ってもらうためにいろいろやりましたよ。」と笑顔を見せます。
「でもヘタなことをしちゃダメです。一気に信用がなくなりますから。」

武田さん自身もつい最近まで会津地鶏の卵の生産者でした。
消費者に直接販売したり、首都圏のデパートとの取引実績もある武田さんだからこそ販売し続けることの大変さを知っているのです。
「会津養鶏協会としては会津地鶏の質をあげ、日本養鶏のトップを目指したいです。」
会津地鶏が売れ出した今でも熱い思いを持ち続ける武田さんです。

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「下手なことはしちゃダメだ」が口癖の武田会長

会津地鶏をブランドに。
お客様の期待に答えたい。

会津地鶏 養鶏業

小平 和広 さん (51)

会津宮下駅(三島町)から車で5分。
山々に囲まれた場所に白い屋根のハウスが四つ。ここが「みしまや」の鶏舎です。
この中で生後1日目のヒナから120日前後の出荷までの鶏が元気に走り回っています。
みしまやは同じ町内に鶏の食鳥処理場も持ち、全国でもめずらしい養鶏から食鳥処理・販売まで一貫して行う生産体制を取っています。

平成16年に創立した「会津地鶏みしまや」の社長、小平さんは当初から鶏の処理をし、自分で営業に行ってきました。
「今でこそ会津地鶏は地元でもたくさん使っていただいていますが、最初は高いという理由で見向きもされませんでした。
火をつけてくれたのは首都圏からのニーズです。」と小平さん。
今では年間15000羽の会津地鶏を送りだし、足りない時期もあるほどに。
中には「みしまやの会津地鶏しか使わない」というこだわりの人も多く、質の変化には敏感だそう。
「一貫体制だから鶏の成長具合がよくわかります。処理する時に脂のノリ具合もわかります。これが販売時の自信に繋がっています。」

小平さんの目標は会津地鶏を本物のブランドにすること。
そのためには会津養鶏業界全体で年間10万羽を育てていきたい、と言います。
「どの会津地鶏も味が一緒。これがブランドです。」
高い目標のため、鶏を見て、客をみる。
小平さんの活躍が期待されます。

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「いつでも美味しいが当たり前の地鶏作りを目指して」

お父さんのチャレンジを引き継いで。
今では養卵業界を引っ張る役割に。

会津地鶏 養卵業

佐藤 信行 さん (40)

「実は需要に供給が追い付いていなくてご迷惑をかけています。」と話す信行さん。
会津地鶏を育て、卵を販売する「会津の地鶏やさん」の代表です。
信行さんは現在社長ですが、養鶏を始めたのは今は亡き信行さんのお父さん。
平成18年に退職したのをきっかけに100羽ほどの会津地鶏を買い、卵を取りはじめたそうです。
その頃はPCライセンスの講師をしていた信行さんですが、徐々に手伝い始め、「やるなら本腰をいれて」と平成20年に法人化。

会津地鶏は産卵率が低く、二日に一個産む程度。
そのため、旨みや甘みが強い特徴のある卵にも関わらず、採算が合わないと辞める養卵業者が出て、今では半分程に。
生産者が減る中、会津地鶏の認知度が上がり卵への要望も年々増加。
「会津の地鶏やさん」へも注文が増え、需要に応えるため、今では約1600羽までに増やしました。

「最初の頃は卵を売りに行くと、高い!と言われました。今では、いつ入荷するのか問い合わせがあるほどです(笑)」
高い分、いい卵を作ろうと、地元の米ぬかを取り入れたり、井戸水を与えたりと工夫する日々。
毎日産む品種の鶏に比べれば価格が高くなるのは当たり前ですが「産卵率が低い分、効率を上げなくてはいけません。質ももっと向上させたい。」と意欲的です。
会津地鶏の卵業界をひっぱる信行さんのチャレンジが楽しみです。

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「父親の意思を受け継ぎ、会津地鶏を発展させる事が親孝行」