盆地の中心を大きな川が流れ朝もやがかかる環境、
昼間と夜のはっきりした温度差など
トマト作りに最適の会津で切磋琢磨している農家さんたち。
トマトは会津17市町村で広く作られていますが
今回は会津若松市内の生産者をピックアップしました。

会津盆地の平場でトマト作り30年。
環境の変化にあわせながら仲間をリード。

ベテラントマト農家

齋藤 孝 さん (51)

「平場でトマト栽培が広がってきた頃は、露地栽培が中心でした。
今に比べたら生産性をあげるのは大変でしたね。」
齋藤さんは、会津若松市の農家で組織されている「あいづトマト生産部会」の部会長。
長年トマト栽培に取り組んできた一人で、農家としては若くして部会長を任された実力派です。
現在、部会には45人の仲間がおり、それぞれのトマトへの志を取りまとめる大役を担っています。

「今、会津では施設栽培がほとんどです。品質も収量も比較的安定していますから。
会津の環境は農業にとって最適ですが、美味しいトマトを作るためには環境に甘えているばかりではなく、健康な土作りも欠かせません。
土壌の診断やその分析したデータに基づき土を作る。
それぞれが元気なトマトのため、日々努力を重ねています。」
会津盆地の平場ではトマト以外にもたくさんの農作物が作られていますが、その中でも、トマトへの意識が年々向上しているのです。
中には夏秋トマトの良さを引き出し10月まで栽培する人も増えてきたそうです。

齋藤さんとしては、安心・安全は当たり前に、美味しいトマトを作ることを一番としています。
「私自身、最近りんかという品種に出会いました。甘味と酸味のバランスがよく、しかも育てやすい。この品種に甘んじることなく技術を向上していきたい。」と話していただきました。
会津若松市では齋藤さんを始め、トマト栽培をしている人たちが今日も努力を重ね、美味しいトマト作りに向き合っています。

作り手1 作り手2 作り手3

「トマトの可能性は大きい」と、チャレンジ心も忘れない。

トマトに本気。
情熱をトマトに向けた若手農家さん。

師匠的トマト農家

一条 正幸 さん (37)

「トマトは手をかけた分だけ返してくれる」と語るのはまだ30代の一条さん。
年は若くてもトマトにかける熱意は熱く、トマト生産組合の中では「あいつはスゴイ」という声が高い方です。

「トマト栽培を始めたのは、大学から地元に戻ってきた年から。
家の畑で作っていたので、そのまま作り始めました、ただその時は流れで作り始めただけ。トマトを本気で作ろうと思ったのは数年後です。」
何がきっかけかといえば、会津で一番のブランドトマトといわれる地域のトマト農家さんと知り合ったことだそう。
いっぺんにトマトへの思いが強くなったのです。
「それまでトマトの収穫は6月下旬から始まり、お盆明けで終わっていました。
でも、手をかければ10月まで収穫できる、ということを教えてもらったんです。
トマト栽培をする者にとって、この収穫時期の差がとても大きいことに気付きました。」「もっと早くから本気で作ればよかった。」と今でも思うほど、真剣に向き合えば向き合うほどトマトは良くなっていったそうです。

今ではトマト栽培について知り合いの農家さんに指導することもある一条さん。
「平場の皆が力を合わせれば絶対にトマト産地になれる」と信じ、技術を出し惜しみなく伝えることで会津のトマトを支えています。

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磐梯山と飯豊山を一望する場所がほ場。
トマトハウスも拡大中。

「トマト作りはおもしろい。」
震災に負けない農家がここにいる。

新人トマト農家

後庵野 幸誠 さん (41)

もともとキノコ農家として地域に根付いていましたが、2011年の大震災で福島のキノコ業界は大打撃を受けました。その中で後庵野さんも生き残りをかけて栽培作物を変えることに。
「選んだのはトマト。理由は師匠となる人が近くにいたこと、キノコで使ってきた設備などが転用できること。「作ってみたらトマトはおもしろいですね。手をかければ日に日に見た目がかわり、やりがいがあるな、と思います。」

切り替えてから3年。キノコしか知らなかった家族がトマト栽培に向き合うことでいろいろな葛藤も生まれ、ひとつずつ乗り越えてきたといいます。
トマトを後庵野家の基幹産業にしなければならない、農家の試練と言えます。
「この3年、大きかったのはトマトのことを聞ける仲間がいたことです。ホントに頭があがりません。」
1年目の成功が難しい事業転換を支えてくれたのは、先輩農家や青年部の仲間たち。
師匠となった仲間を信じ、今では秋まで収穫できるほどの技術を身につけるに至りました。
「実はトマトはあまり好きじゃなかったんです。でも、真っ赤になったトマトを畑で丸かじりした時、うまいなーと思ったんですよ。」

福島に多大なる影響を与えた大震災ですが、新規事業に取り組むきっかけになった人もいます。
将来、トマトのほ場を支え、活躍できる人はまだまだ会津にいます。

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「仲間の支えがあったから頑張ってこれました。」