「定植した年には収穫できない」「肥料喰い」「成長調整が難しい」
「収穫した午後には水分が飛ぶ」など、農家泣かせとも言えるアスパラ。
それでも作り続ける農家さん、チャレンジする農家さんを直撃取材。
アスパラは会津17市町村で広く作られていますが
今回は会津若松市内の生産者をピックアップしました。

アスパラ育てて約50年。
美味いアスパラのために努力を尽くす。

ベテランアスパラ農家

一牛 善一 さん (64)

「うまいものを作ろうと思わないと育たないんだよ。」
昭和40年初め、会津全域でアスパラ作りを始めた。そのうちの一人が現在JAあいづ西部アスパラ部会長を務める一牛善一さんのお父様です。「最初はホワイトアスパラを作っていたんです。アスパラの芽に光を当てないように土を盛っていくホワイトアスパラ独特の栽培方法でした。グリ ーンアスパラが中心になったのは昭和50年頃から。盛土することはなくなりましたが、土づくりに手間がかかるのは一緒ですね。」

会社勤めをしながら畑の手伝いをしていた頃を懐かしむように話をする善一さん。平成11年にお父様が他界し、13年に会社を辞めて専業農家となりました。

「アスパラはね、手間もかかるし、お金もかかる。1回ダメになると翌年もダメだから畑を変えなくてはいけないということもある。こんなに手間がかかっても、美味いものができると嬉しいんだよな。」と笑顔がこぼれます。

今はハウスでアスパラ作りをしているそうですが、温度に敏感なアスパラはハウスでも収穫調整が難しいそうです。そしてアスパラにも品種があり、今年は「福交10号(試験場名)が主力になる。」という情報も。新しい品種が出ても土作り、環境作りに向き合う善一さんです。

作り手1 作り手2 作り手3

「アスパラは本当に手間がかかる。でも、美味い」とアスパラを知りつくした善一さん。

アスパラ作りにチャレンジして1年。
夢は「今の5倍は作りたい。」

新人アスパラ農家

山西 成人 さん (36)

会津の特産品である「身不知柿」の農業研修生を1年半経験し、農業の面白さと大変さを実感。「もともと家では田んぼを作っていました。祖父の時代には一町歩以上あったのですが、だんだんと縮小して今では六反です。父が減反した田んぼを転作しアスパラを作り始めたのが2013年 です。」農業に関わる前は海外での労働経験もあるという活動範囲が広い成人さん。2011年大震災の年に新規就農することを決め、露地栽培できる野菜を検討した結果アスパラを選びました。

その後畑の土地を作り、アスパラを作付した面積は一反未満。この一反でも収穫時期には早朝から収穫し、午前中には直売所に納品、午後はまた収穫、と一日が早いそうです。「アスパラは成長が早いので、午前中に収穫して直売所に持って行っても、午後にはまた収穫サイズに育っています。手が抜けない野菜ですね。」一年にしてアスパラの手間がかかることを痛感。それでも今の栽培面積をもっと増やしたい、と言います。

畑は自宅のほど近く。会津五桜のひとつ「石部桜」にも歩いて行ける近さ。成人さんの頑張りで、石部桜の近くにアスパラ畑が広がる日が来るかもしれません。36歳、農家としてはまだまだ若手ですが、アスパラにかける思いは熱いです。

作り手1 作り手2 作り手3

「春のアスパラは緑が濃いですね。オリーブで炒めて塩コショウするのが美味しいです。」

「アスパラを作ってみたい。」
20代新規就農者のチャレンジが始まる。

チャレンジ農家

佐藤 忠保 さん (27)

震災後、勤めていた会社を辞め新規就農。家は米を中心とした稲作作りをしていましたが、新規就農により畑作へチャレンジをすることにした忠保さん。専業農家になることに不安はなかったのか質問したところ「昔から家の仕事は手伝っていたので全く不安はなかったです。なによりトラクターや農機具に乗るのが好きなんです。最高の仕事だと思っています。」20代前半で農家に飛び込む人は全国でも増えていますが、乗り物に楽しみを持つと辛い季節も乗り切れるのではないでしょうか。

そして、アスパラのお話しになると「今はトマト、キュウリ、ネギを作っているのですが、この4月に定植をしてアスパラ作りをしたいと思っています。アスパラの収量や価格安定は農家として魅力だと思うんです。」と。さらに「会津は雪があることで土壌の質がとてもいいんです。雪の地下浸透はホントにすごい。この土壌でアスパラをつくってみたいんです。」とアスパラへの強い思いを語ってくれました。手間がかかるアスパラはこのような若手農家さんが作り始めてくれることで、アスパラ産地を維持していけます。

50年前からの技術と新しいチャレンジ心が融合する会津になるために、今後注目していきたい人です。

作り手1 作り手2 作り手3

「会津のこの土地でハウスと露地栽培のアスパラを作ってみたい」と言う。